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伝説の勇者なりきり部の奴ら:第3話 もう嫌だ

 隣に住んでるひかるちゃんがね。そろそろ呼びにくる時間なんだよ。もうね、男たるもの時には非常な選択を強いられるからさ。今がその時なのかもしれない。

 

 俺、伝説の宝の地図おねしょよりもひかるちゃんの方を選ぶから! 伝説の宝の地図が描かれた布団は無残にも放置された。つまりはね、布団はそのままにすることにしたんだよ。絶賛布団は放置中で~す。てへッ! 戦国時代の武将たちも、そうやって時には非常な選択をしたことだろう。俺もそうなんだと無理やり納得させたんだ。

 

 俺こと神宮寺マモルは男の身だしなみの正装せいふくに着替えてさ。朝食をとることにしたんだよ。腹が減っては戦はできないからね。もうね、高校生だし、そもそも武士じゃないけどさ。とにかく腹が減っているということで勘弁してください。

 

 ひかるちゃんとの恋という名の戦を勝ち抜くためにはね。恋の武士道を極めなければいけないんだよ。俺は恋愛に身も心も捧げた男なんだよ。何度でも言おうではないか。自称リアじゅうだからさ。なーんて思っていると、ついつい顔がニンマリしてもうたー。

 

「マモル、何ニタニタしながら食べてるの? お前は笑いながら怒る犬か!」

 なんて、エプロン姿の母親みゆはツッコミを入れてくるんだけどさ。犬の意味分からねぇよ。さすが母親みゆ、相変わらず頭おかしい例えツッコミしてくるな。

 

 というかね、ニタニタしながら食べてたら普通キモいとか言うでしょーが。そういう風に言わないのがさ。母親みゆの優しさなのかもしれない。ありがとう母親みゆよ。あなたの息子に生まれてきてよかったわ。おっと、そんな妄想している時間はねぇ。もうすぐひかるちゃんが呼びにくる時間だぞ!

 

「だからマモル、何ニタニタしながら食べてるの? お前は…」

「もうそれ以上、意味不明な例えツッコミはいいよ。分かってるから」

 口の中がごはんとおかずに占領されながもね。俺はもごもご口を動かしたんだよ。

「食べながらしゃべるの行儀が悪いからやめなさい!」

「じゃあ、話しかけないでくれよ」

 もうね、口の中をご飯でいっぱいにしてさ。食べながらしゃべったよ。

 

「本当に行儀の悪い子!」

 なんて、母親みゆはため息まじりに言うんだけどね。もうね、悪いな母親みゆよ。俺はめまぐるしいまでに時間に追われているんだよ。例えるならさ、秒単位で行動しないといけないほどの売れっ子芸能人ばりなんだよ。

 

 だって、もうすぐひかるちゃんが俺を呼びにくる時間だからね。急がないといけないんだよ。つめこむように朝食を胃袋にどんどん入れていってさ。最後に牛乳を一気飲みしてね。

「ごちそうさま~」

 なんて、俺は元気よく席を立つとさ。歯磨きをしはじめたんだよ。念入りに歯を磨いているとね。ピンポーンと家のチャイムが鳴ったんだ。あっ、きっとひかるちゃんだよ。もうね、俺の心臓はどんどん高鳴っていく。

 

 さらにピンポーン。

 

 いやん、そんなチャイム音をださないで~。チャイム音で心臓が高鳴り身悶えをする俺ってさ。何者なの! 変態なの! そんな自分のキモさ加減に若干後悔しているとね。

「んがッ!」

 やべー、今ので歯磨き粉全部飲んじゃったよ~。

「ひかるちゃ~ん、今行くから~、待ってて~」

 なんて、俺は大声で叫ぶとさ。急いで玄関に行き靴を履こうとしたんだよ。そしたらね、

 

お父さん神宮寺のぼるに線香あげてから学校行きなさい!」

 と母親みゆが言ったんだ。

「え! ひかるちゃんを待たせられないよぉ」

 なんて、俺は母親みゆに抗議したんだけどさ。いつの間にかひかるちゃんは玄関の中に入ってきてね。

 

「おはようございます。毎度おなじみの星川ほしかわひかるです。わたしもマーくんのお父さんに線香あげたいです」

 なんて、ニコリと微笑んだんだよ。

 

 俺にとっての永遠のヒロイン星川ほしかわひかるの登場である。俺はひかるちゃんからさ。マモルだからマーくんと呼ばれているんだけどね。もうね、いっそのことダーリンと呼ばれてもいいと思ってるんだよ。まだダーリンと呼ばれたことは一度もないけどさ。いつか呼ばれたいと思っているんだよ。熱烈な希望です。

 

「ひかるさん、そうしてらえると嬉しいわ」

 なんて、母親みゆは嬉しげに言ったんだよ。そうなのだ、父親の神宮寺のぼるはもうこの世にはいない。何故なら末期ガンで亡くなったからだ。俺と父親のぼるの間には埋める事のできない溝があってね。

 

 父親のぼるとはうまくいっていなかったんだよ。当然、父親のぼるの事が嫌いだったからさ。でも、こんなことになるのならば……。こんなことになるのならばね……。父親のぼるを好きになる努力をしておけばよかったと後悔しているんだ。父親のぼるの職業は作家でね。結構有名な作家だったらしいんだよ。

 

 でも、俺は父親のぼるがどんなものを書いていたかも知らないしさ。出版されたはてしない英雄物語の小説を読もうともしなかったんだよ。父親のぼるの小説を読んだことがないのはさ。俺にとって父親のぼるの小説はね。俺から父親のぼるを奪い取った悪の根元しょうせつだったからなんだよ。

 

「さぁ、ひかるさん、いらっしゃい」

 なんて、母親みゆはニッコリ微笑むとさ。そそくさと台所に入っていったんだ。きっと朝食の後片付けがあるのだろう。

「お言葉に甘えておじゃましまーす♪」

 なんて、ひかるちゃんは元気よく言うとね。玄関で靴を脱いでリビングにそそくさと向って行ったんだよ。

 

 俺は無造作にほうりだされたひかるちゃんの靴をさ。手に取ってきれいに玄関に並べたんだけどね。そもそもひかるちゃんは脱いだ靴を玄関にきれいに並べない娘なんだよ。もうね、俺はひかるちゃんの自称召使い1号みたいな感じなのかもしれないわ。そんな幼馴染の関係なんだけどさ。どんな関係だという突っ込みはなしでお願いします。

 

 さて、俺もリビングに到着するとね。純潔な女神が舞い降りたようにひかるちゃんが仏壇にちょこんと正座していたんだよ。

 ※個人の感想です。

 

 俺もひかるちゃんの隣にさりげなく正座してさ。あわよくば肌と肌とを密着して戯れたい。磁石のSとMのようにくっつきたいと願ったんだけどね。母親みゆの目があるからさ。そんなイチャイチャはできないけどね。あらぬひかるちゃんとの願望を抱きつつ線香をあげることにしたんだよ。

 

 ゆらゆらと揺れ動く炎のロウソクから線香に火をつけたんだけどさ。線香の煙は不規則に上へ上昇してね。煙の香りとひかるちゃんから漂うほのかな甘い香りが混じり合ったんだ。それはもう媚薬のようなパラダイスでさ。絶妙なにおいがね、ふと日常的ではない思考にさせてしまったようでさ。あの頃の記憶が走馬燈のようによみがえったんだよ。




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 以下、俺が小学3年生の頃の回想なんだけどね。ある晴れた日曜日のことなんだ。



 俺はバットとボールをにぎりしめてさ。父親のぼるの書斎へね。笑顔で駆け込んだんだよ。俺こと神宮寺マモルはピチピチの小学3年生だったんだ。

 

「おとうさん、せっかくの日曜日だからさ、やきゅうして遊ぼうよ」

 なんて、俺は書斎で原稿を書いている父親のぼるのさ。袖をひっぱりながら言ったんだよ。そしたらね、

「マモル、あっちへ行ってなさい。お父さんは小説のお仕事で忙しいから遊べないんだよ」

 父親のぼるは俺のつかんだ袖を払いながらもさ。ペンは休むことなく原稿に文字を走らせていたんだ。

 

「おとうさん、わかったよ」

 俺はその日はあきらめたけどね。それでもめげることなく、次の日曜日に書斎に駆け込んだんだ。

「ねぇ、おとうさん、せっかくの日曜日なんだからさ。遊園地につれてってよ?」

「マモル、お父さんは原稿の執筆で手が放せないから、あっちへ行ってなさい」

 またしても、父親のぼるは冷たくあしらってくるんだよ。

 

「やだよ、いつも遊んでくれないじゃん。今日ぐらいはつれてってよ?」

 俺はだだをこねて、何とか遊んでもらおうと必死だったんだ。

「それは無理だ、そんなに行きたいならお母さんに連れて行ってもらいなさい」

 なんて、父親のぼるは言ってくるんだよ。もうね、絵に描いたような作家道に魂を売った父親だったからね。しかたなしに書斎をでたんだよ。別に遊園地に行きたいわけじゃなかった。子供心に父親のぼると少しでもいいから遊びたかったんだよ。

 

 小説って何?

 それって美味しいの?

 俺にとってはどうでもいいことなんだけど?

 マジ、ムカつく~!

 

 あの頃の俺にはさ。小説なんてそんな風にしか思えなかったよ。それでも俺は父親のぼるに構ってもらいたくてね。何かと理由をつけては父親のぼるの書斎に駆け込んだっけ。いつものように書斎に行くとさ。父親のぼるは原稿にペンを走らせていたんだよ。それはもう一心不乱に走らせていたんだよ。けれども俺にはいっさい関係ないことだったんだ。

 

 この時までは――

 

「ねぇ、おとうさんへっていう作文書いたの、先生にほめられちゃった」

「…………」

「ねぇ、おとうさん聞いてるの?」

「…………」

「作文書いたんだよ」

「…………」

「おとうさんの作文書いたんだよ、だからさ、ごほうびにやきゅうして遊んでよ?」

「…………」

 

 いくら父親のぼるに言っても反応がなくてね。動揺した俺は思わずにぎっているバットとボールが手から離れてしまったんだ。そして、バットが落ち、ボールがこぼれ落ちたんだ。

 

 ガタン。

 

 コロコロコロ。

 

 コロコロコロ。コロコロコロ。



 カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ――――



 シーンと静まりかえった書斎はさ。ただ原稿に文字を刻むような音が鳴り響いていたんだよ。たった今、バットとボールが床に落ちた音。それだけが聞こえていたんだよ。父親のぼるは俺の声やバットが落ちた物音など聞こえていないかのように文字を延々と刻んでいたんだ。

 

 それはまるでね。俺の声や存在は空気であると無言で言われてるような気がしてさ。俺は必要のない存在なんだと無言で突きつけられたような気がしてね。



 カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ――――



 文字を刻む音はさ。俺の心臓を切り刻むようだったんだ。もうね、刻々と切り刻まれている感じがしてね。心臓がとても痛くなった。



 逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。



 必死に自分の感情を押さえようとしたけどさ。身体は言うことを聞かずにね。目から涙が溢れでたんだよ。それでも必死に自分の気持ちを押さえてさ。いい聞かせたんだよ。



 逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめなんだよ。



 涙はとめどなくでてくるんだよ。もうね、溢れる涙が止まらなくてね。かろうじて声をだしてさ。泣くのだけは押さえることができたんだ。でも、これ以上、父親のぼるのいる書斎にいたらどうにかなりそうでね。俺は父親のぼるのいる書斎から逃げたんだ。もうね、限界だったんだよ。

 

 父親のぼるが俺を見てくれなくて限界だった。俺はバットとボールを拾い上げるとさ。無言で書斎を飛びだしたんだよ。ポケットにはいつか読んでもらいたいと思っていたね。父親のぼるへの作文が入っていたけどさ。すっかりくしゃくしゃになっていたよ。

 

 2階を勢いよく降り立ち、玄関で靴を履いてね。外にでて全力で走った。無我夢中で走ったよ。走ることで気持ちを別のところに向けたかったのかもしれない。

 

 おとうさんなんか大嫌いだ。

 おとうさんなんか大嫌いだ。

 今日、何の日か知らないの。

 もう嫌だ、嫌だ、嫌だぁ~‼‼‼‼

 

 息を切らせながらもさ。目の前にある公園に到着するとね。ひとりたたずんでいたんだよ。目から大粒の涙がぽろぽろと勝手に溢れでてきてさ。その涙で俺は溶けてしまうんじゃないかと思ったよ。一生分の涙ってこんな感じなのかもしれない。それはもうぽろぽろと涙がでたんだよ。体育座りをして公園でたたずんでいる俺はね。それはそれは惨めで悲しい小学生だと我ながら思うよ。だって、




 この日は俺のだったのだから……。




近所のおばさん「マモル君のお父さんって自宅でお仕事されてるんでしょう? いいわよねぇ、いつでもお父さんが家にいて遊んでもらえるなんて羨ましいわねぇ。うちなんて共働きだから子供に構ってやれなくて……」

 

 母親みゆのママ友がさ。そうしゃべっているのが聞こえたことがあったけどね。

「あなたが思っているようなことはこれっぽちもない、これが現実なんだよ」

 なんて言ってやりたかった。このまま俺は涙で溶けてしまってさ。この世界からいなくなってしまえばいいのにと思いはじめたんだ。しだいに何も考えられなくなってね。

 

 もうこんなつらい思いをするのも疲れてきちゃってさ。仄暗い井戸の中に閉じこめられたようなね。心を完全に停止した状態になったんだ。どれくらい時間が経ったのだろうか。人影がゆっくりと俺に近づいてくるのが分かったんだ。

 

 てっきりその人影は父親のぼるかと思ったんだけどさ。人影は小鳥がさえずるような可愛らしい声音で、

「ねぇ、どうしたの? なぜないているの?」

 なんて、訊ねてきたんだよ。人影を見上げるとね。そこには小学3年生のひかるちゃんが立っていたんだ。

 

 ひかるちゃんは心配そうな顔で俺を見つめてくるんだけどさ。

「……ひっく、ひっく、おれぇ、おれぇ……」

 ひかるちゃんが目の前にいるというのにね。声にだして泣きはじめたよ。たぶん、父親のぼるかと思ったら違っていてさ。本当に捨てられたと感じたからかもしれない。泣きながらだったからね。何をしゃべっているか分からない部分もあったかもしれないけれどさ。

 

 父親のぼるが自分を相手にしてくれないこと。

 野球をいっしょに遊んでくれないこと。

 父親への作文を書いたのに気づきもしないこと。

 書斎にこもって原稿ばかり書いていること。

 その他、父親の屁がくさいだの。

 トイレからなかなかでてこなくて、俺がおしっこをもれそうになってしまったこと。

 

 ありとあらゆるその場で考えつく限りのね。父親のぼるへの苦情を並べたんだ。ひかるちゃんは首を縦にふりながら、うんうんと聞いてくれた。

 

 時折、笑顔で微笑んでくれた。

 

 時折、同情するように目を潤ませたりもしてくれた。

 

 父親のぼるの屁だとか、トイレが長いだとかの話を吹きだしそうになるのもがまんして、そして、最後にこう言ったんだ。

 

 俺はその言葉を一生忘れないだろう。

 

第4話 恋のはじまりを読む