WEB小説-石川ユーリオ

石川ユーリオのオンライン小説

生命師:第1話 アムウ・ライデン

 身なりは貧乏人と間違われるほどの服装で薄汚れていたが、いたって本人は気にする様子は微塵と感じさせない。何日も同じ服を着ているのに汚れないのは、むしろ幽霊や化け物のたぐいだと自ら証明しているようなもんだとでも言いたげな、妙に堂々とした態度なのである。

「生きてりゃ見かけも心も汚れるもんだ、それが自然の摂理ってもんよ」
 まるで周りに聞かせたいとばかりに大声で男は言い放つ。しかも、やや大股開きで先を急ぐように町を歩いている。この男は、おもむろに腰に巻いてある巾着袋に指をつっこんで、まさぐった。
「ちっ! 1個もねぇや」
 と男は舌打ちをした。男は怒りを静める際、腰に巻いてある巾着袋からは干ミツを取りだしてはつまむことにしていたのだ。

 干しミツとは、ミツの木からなる実とバクモン草を混ぜた湯でぐつぐつと3日3晩煮込んだ後、実だけを干したものである。ミュタの国原産のミュタ国民なら、誰でも知っている食べ物である。
 赤ん坊の頃から口にしていないと、うま味成分の免疫ができないほど非常に癖のある食べ物でなのだ。なので干しミツを食べている奴は間違いなくミュタ人だと言われてもおかしくないほど、非常に国民性が現れている食べ物であった。

「干しミツがねぇなら、どっかに腹を満たす店はねぇもんか。食べりゃあ、気もおさまるってもんよ」
 男はひとりごちながら、どこ吹く風といった感じで、やや大股開きで歩いている。この男の身なりは本当に薄汚れていて貧乏人と間違われるほどであったが、何日も同じ服を着て汗まみれになっているため仕方なかった。きれいに服を洗えば、薄汚れたものが派手なものに変わり、貧乏人というよりは歌舞伎者に近い感じの服装となるのは、この男と一部の者たちしか知らない。

 ミュタの国に大うつけ者と呼ばれる男がいた。
 そいつはミュタの国を治めるライデン家の嫡男である。
 年齢は若干20歳。
 名はアムウ・ライデンと申す。
 何を隠そう、この男のことである。
 以降、この男のことはアムウと呼ばせていただく。
 まずはアムウがどのような人物なのか、話さないといけないだろう。

 アムウは腰に巻いてある巾着袋の干しミツがなくなると、腹を満たすため町にあるお店に入ることにしていた。お店で酒を飲み、つまみを食べ、見知らぬ町人と混ざって酔っ払う。

 ライデン家の長老たちはそんなアムウをよく思っていなかったが、そんなことはどこ吹く風といった様子でアムウは気にもとめていなかった。今回も干しミツがなくなり、案の定、アムウはお店に入ったのである。身なりが町に溶けこんだのだろうか。

 店内の者たちは誰もミュタの国を治めるライデン家の嫡男アムウだとは思わない。ライデン家嫡男が町人と混ざって飲むなんて考えられないかもしれないが、アムウは決まりきった思想ほど人の行動を縛り視野を狭くしてしまうと常々思っていた。

 枠にはめ込まれた固定観念なんて、いっそのこと壊してしまえ。アムウが店内に入るや否や、適当な町人を見つけては、
「今日は俺のおごりだ、飲め飲め!」
 これがアムウの第一声である。

「どこの誰だが知らねえが、あんちゃんきっぷがいいね」
 猫撫で声で町人がアムウに擦り寄る。アムウはいつものように飲み屋で出会ったどこの誰とも馬の骨とも分からない町人に酒を振る舞いはじめていた。気をよくした町人は、やれ、庄屋の娘がべっぴんでいずれは夫婦になりたいと思っているとか、丁半でいくら負けたとか、アムウにとってはくだらない話が大半だった。

 酒の魔力がそうさせるのか町人の頬がほんのりピンク色になりはじめた頃、初対面のアムウに対して無防備なまでに警戒していない様子となった。
「なぁ兄弟?」
 町人はにっこり笑って立ち上がったかと思うと、おもむろにアムウの隣にひょこんと座る。アムウはあんちゃんから兄弟と呼び名が格上げされたな、と短時間で馴れ馴れしく振るまえる町人に動物的なものを感じた。

 ライデン家の老中連中とは違い、町人の裏表のない話し方はアムウにとって嘘偽りのない鏡を見ているようであった。つかの間の人間関係にやすらぎのようなものを持ってきてくれたのだ。ライデン家へ戻れば家督は大うつけのアムウよりも弟のヨイム・ライデンにするべきだと反アムウ連中の意見に囲まれていた。周りは敵だらけだった。唯一の味方は、お前が家督を継げと言ってくれた父親サム・ライデン王の存在であった。

「いつから俺たちは兄弟なんかになったんだ?」
 アムウはわざといじ悪く言ってみせるも、町人は気にもとめていない様子でアムウの耳元に口を近づけてきた。
「ミュタのライデン家には大うつけものがいるらしいぞ!」
 町人は誰にも聞こえないように配慮しているつもりだったのかもしれないが、ひそひそ声とは程遠いし、鼻息がアムウの耳元にあたってくる。つんと酒の臭いも漂ってくる。

 すでにできあがった町人の頬はさらにおびただしく頬を染めた。
「へぇ、その大うつけものってのはどんな奴なんだ?」
 アムウは思わず「それは俺のことだろ」と言ってやりたかったが、町人の酒臭い息や頬の色からしてかなり酔っていると判断し、まぁ、面白いのであえて身分は明かさないことにした。それに俺がアムウだと教えれば町人はうろたえ、せっかくの酔いを覚ましてしまうことにもなりかねないのだから。

「名はアムウと言ってな、いつもこきたない格好でとてもライデン家の婿男とは思えない野郎でな、とんでもない奴らしい」
 まるで知っているような口調にアムウは少々いらだちをおぼえる。
「ほぅ、お前は実際にアムウを見たことがあるのか?」
「もちろんだとも兄弟!」
 町人はアムウを目の前にしてぬけぬけと見たことがあると言った。それはアムウ本人が町人の目の前にいるのだからでたらめなのは分かりきっている。だが、何故に見たことがあると言えるのか、まさか俺に成りすましている奴がいて、そいつを見たことがあるのかもしれない。

 もしくは俺がアムウだとこやつは知っているのだろうか。
 もしや、刺客!
 アムウは様々な予測を立ててみる。

 それは幼少の頃に人質として拘束され自由を失い、敵国の王の顔色をうかがいながら少年時代を過ごした兄の姿を見てきたからかもしれない。兄の堪え忍ぶ姿を見て、人の顔色をうかがうのは嫌だ、と心底思った。また、人からこいつはがまんしそうにない、何を考えているのか分からない振る舞いをしようと兄の姿を通して決意したんだ、と思う。

 兄は結局、人質生活中に病死してしまった。アムウが周りの者から大うつけものと思われるような行動をとっていたのは、自覚症状はないが意図的に振る舞っていたのかもしれない。アムウは顔色を一つも変えず質問を続ける。
「アムウはどんな感じだった?」
「うーん、遠くの川の方で見たんだけどな。全身真っ黒だった」
 真っ黒って何だよ、と思ったが、もしかすると甲冑姿の時だったのかもしれない。

 でも、俺はそんな姿になったことはない。どういうことだ。
「全身真っ黒っておかしいだろ?」 
「おかしいかもな。川で鮭を口にくわえてたし」
 アムウは町人の言っていることが半ばあやしいと感じた。
「お前、アムウじゃなくて熊のことを話してないか」
 全身の力が抜けていくような感じでアムウはため息をついた。
「あ、いや……」
 町人は困った様子で目の焦点は上の方を向いて話を整理しているようだった。
「おいら、何話そうとしてたんだっけ?」
 くったくのない笑顔をアムウに向ける町人は、だいぶ酔いが回っている。こいつは正常な思考回路ができなくなり、訳の分からんことを言いはじめたのだろうか。

「つ、つまりだな、アムウは熊みたいな恐ろしさがあるってことだよ、ああ、飲みすぎた、飲みすぎた、何言ってるんだろうな」
 町人は独り言のようにつぶやいたかと思うとそれっきりうとうと眠りはじめた。アムウはやれやれと思いながらも、酔いを覚ますために茶碗一杯ほどの水を勢いよく飲んだ。特になんてことのない呑みであったが、どうやら俺がミュタの町でも大うつけ者だと思われているらしいと分かっただけでもいいか。もうここにいる必要はねぇやと思い、帰り支度をはじめると町人が目を覚ました。

「いつの間にか寝てしまった」
「あぁ、俺は先に帰るぜ」
「ちょと兄弟、待ってくれよ」
「待たねぇよ」
「ちょっ、まっ、おごってくれたお礼ってわけじゃないけど、いいこと教えるよ」
「どうせまたろくでもねぇ話だろ」
「まあ、話聞けや。それがな、何でもこのミュタの国には特殊能力《せいめいし》を持つ者たちが住む村があるらしい。真か嘘か分からねぇが、それってどうゆうことなんだろ。おらさ頭悪いからな」
 町人は勢いよく捲し立てるも、酔いのせいなのか所々舌足らずで聞き取りにくい。けれども、おおよその内容はつかめた。

「今の話は本当か?」
 アムウの瞳は一瞬鋭利な刃物のようになりつつも、呑みの場では決して見せることのなかった鋭くなった目つきを悟られまいと下向き加減になる。
「ほんとかどうか分からないけどよ、つぼ振り師の与太郎がべろんべろんに酔っ払った時に言ってたことだからな」
「与太郎? そいつは今どこにいる?」
「今も龍虎組の賭場にいるんじゃないか。何でもここぞという勝負の時、相手に負けたことがないと言っていたな」
「そうか、まぁ話半分に聞いとくよ」
 目を細めながらアムウは言い放つも、今の話ですっかり酔いが冷めはじめていた。

 ミュタの国にそんな村があるなんて知らなかった。

 いずれ、俺はミュタの国を拠点にして――――

「おい、そこの店主、今ここで飲んでいる奴らの勘定、全部俺がだしたるぜ。わははは!」
 アムウは仁王立ちし豪快に笑った。店主はあっけにとられた表情でアムウを見つめている。何せ、アムウはとても銭を持っているように見えないこきたない格好をしているのだから。
「あんさん、銭持ってますの?」
 店主は恐る恐る言うが、アムウは懐からミュタ国では最上級のお金と言われている黄金版3枚をだし、ちゃぶ台に無造作に置いた。
「お、おうごんばん!」
 店主は驚きを隠せない表情をしたが、他の誰かに奪われるのが心配なのか、急いで黄金版の置いてあるちゃぶ台に駆けつけた。
「釣りはいらねぇよ。じゃ、ごちそうさん」
 アムウはそう言うと、店の出口から夜の闇の中へ消えていった。

 黄金版以上の収穫になるといいな。
 アムウ流の投資にはお金は惜しまない理論である。
 夜空に輝く満月はアムウを照らしている。

「灯りがなくても歩けるわい」
 アムウはつぶやいた。