WEB小説-石川ユーリオ

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生命師:第2話 生命師の村

 ミュタの国の人里離れた山奥に誰にも知られずひっそりと村人たちが暮らしていた。村人たちは畑を耕し農作物を育てていたが、収穫の時期になると畑は荒らせれ、わずかばかりの食べ物しか手にすることができなかった。収穫の時期が訪れ村人たちは今度こそはと期待していたが、太陽の光に照らされた畑は無残な形に変貌している。

 

「また、害獣にやられた」

 村人たちは荒れ果てた畑を見渡し、落胆してしゃがみこみ泣き崩れる者まで現れた。

「何故に害獣は、我らが育てた食べ物を根こそぎ食い散らかしてしまうのじゃ! これじゃあおらたちおまんま食いっぱぐれじゃ」

 アダは怒りにまかせて叫びながらも瞳にはあふれんばかりの涙をためていた。アダの身なりはボロボロで容姿は青年とも中年とも言えなくもない年齢不詳さをかもしだしていたが、髪の毛は黒色で白髪が混ざっている様子はない。

 

 瞳の奥にはこの世の全ての悲しみを体験したような年月を感じることさえできる。アダは畑に設置してあるかかしに視線を向ける。

「何のためのかかしなのじゃ……」

 それは他の村人たちに聞こえるくらいのつぶやきだった。村人たちは農作物を守るために、畑のいたるところにかかしを設置したのだが、効果があったのは一ヶ月ほどで近頃では害獣はかかしに警戒する様子もなく、かかしのすぐ隣で農作物を食い散らかす始末だった。

 

 アダは力なくヨタヨタとかかしに近づいていき、まじまじとかかしを見つめた。

「もう、これで終わりにするんじゃ」

 アダはそうつぶやくと右手をかかしの顔に触れて目をつぶり祈りはじめた。

「あわわ、まさかアダの奴、あれをやろうってんじゃねぇだろうな」

 村人の一人が恐ろしい者を見るかのようにつぶやいた。村人たちはアダが何をしようとしているのか知っていて不安の闇に包まれはじめる。

 

「あんた、それだけはやめて!」

 村人たちの山をかきわけてイムは叫んだ。イムの身なりもまたボロボロで、小奇麗にすればかわいらしい女性になるのだが、日々の生活の苦労が染みこんで年相応には見えない。

「みんな害獣のせいで苦しんでいるんじゃ。このままじゃみんなのたれ死にじゃ」

「そんなこと村のみんな思ってるよ。わたしだって害獣は憎いよ。でも、お願い、それだけはやめて……」

 イムは祈るように懇願したが、アダの決意は揺らぐことはなかった。

 

「もういいんだ。おらが例えいなくなっても、おまんだけは生きるんだぞ」

「そげな不吉なこと言わねぇでよ」

「ごめん」

 アダは小さくはにかんだが瞳には涙をためている。嬉し泣きで見せる涙でないことぐらいイムには分かっていた。イムはアダの最後の笑顔になる予感がして、この日の気温は四〇度を超しているはずなのに背筋に寒いものを感じた。

 

「うっ、うぅ」

 アダはうめき声なのか体の異変なのか定かではないが様子がおかしくなりはじめた。それはアダがかかしの顔に触れて祈っているからだとイムも村人たちも分かりきっている。イムはアダを止めるために駆け寄ろうとしたが、時すでに遅しアダの黒髪がみるみる白髪となり肌に無数のシワが刻まれていき、ついには畑に倒れこんだ。

 

「あんたぁぁぁぁぁ」

 イムは悲鳴に近い声でアダを抱き起こして泣いている。イムがアダを揺さぶろうとも頬を叩こうともアダの意識はない。畑にはアダの抜けた歯が転げ落ちていて、ミイラ化してしまった瞳はうっすらと濡れていた。アダのサヨナラのしずくだった。

「こやつ、一瞬で……」

 浦島太郎が竜宮城から戻り、乙姫からもらった玉手箱を開け、一瞬にして青年から老人になるような変わりようだった。

 

「あれを、あれをやってしまったんじゃ」

「コントロールできずに全部持っていかれてしまったんじゃ」

 村人たちは時計の針が動き出したかのように口々に騒ぎはじめたが、イムはたった今起きた出来事を理解できず、また受け止めたくもない。

 

 村人たちと反比例するかのようにイムにとっては時が止まっていた。

「わたし、あんたまでいなくなったらどうやって生きていけばいいんよ」

 泣きながらイムはアダへ問いかけるのだが、村人たちからは一人芝居のようにさえ思えた。何せ、アダの反応はまったくないのだから。イムはアダの胸に耳をあて生死を確かめるため心臓の鼓動を聞こうとしたのだが動いている様子はない。

 

 イブの脳裏にはあの頃の思い出が甦る。

 一年前に結婚し夫婦となったこと。

 ひもじい暮らしだったが毎夜アダムの腕の中で眠り、胸の鼓動を感じて幸せだったこと。

 走馬灯のように過去の出来事は流れ、現実を受け止めるのならばアダは息絶えたのだ、と認めなければならない。

 

 自発的な結果にしろ、この大地にアダは戻るだけなのだが、残されたイムはどうしようもない感情に支配され、また、この能力を持って生まれた自分らを許せない。

 

 どうして神は、この能力をわたしたちに授けたのだろう。

 わたしは神を、愛する夫を逝かせてしまったこの世の中を、呪うだろう。

 イムの感情は抑えられなくなり、それは欲望にも似た言動にならざるを得ない状況になりつつあった。

 

 この世の中すべてが憎い!

 あぁ、憎い!

「あははははは、あははははは」

 イムは空を見上げ世を恨むような表情をしていたかと思うと吹っ切れたように笑いはじめた。

 

 それはアダの死を受け入れたくないけど、受け入れなければいけない狭間に揺れているイムの姿がある。村人の誰もが、その光景に居合わせるのが辛いと感じる瞬間でもあった。

 

「おまん、それだけはやっちゃならねぇ!」

 村人の一人が物凄い形相で叫ぶもすでにイムは心ここにあらず祈りはじめていた。

 イムの手がアダの顔に当てられている。

「イムさ、村の掟破る気だ」

「何と言うことを!」

 村の掟を破りはじめているイムの姿を村人たちは目の当たりにし口々に言葉にだし驚いている。中には気を失ってしまう女性も現れた。

 

 悲鳴に近いうめき声とともにイムはみるみると老いていき、誰が見ても老婆にしか思えない姿形となる。

「この世界をう・ら・む!」

 イムはただ一言つぶやくと倒れた。それがイムのこの世に残した最後の言葉だった。

 

 それは禁断の果実を食べてしまった瞬間でもあり、これから先の悲劇への序章となることを、現時点では誰も知る由もない。

 

 何せ、村の掟は破られたのだから。